EU懐疑派が急伸した欧州議会の「あまりにも険しい前途」
そもそも「ヨーロッパ」とは何なのか
2019.5.31 gendai.ismedia.jp 川口 マーン 惠美
運命のEU議会選挙
EU加盟国では、5月23日~26日(国によって異なる)に、5年に一度の欧州議会選挙が行われた。
今回はEUの運命を決する選挙と言われたが、結果を見ると、確かにEUの方向が変わり始めている気配が一段と濃くなっている。
欧州議会というのは、人口比によって、加盟国各国の議席数が決まっている。
総議席数は751で、人口の一番多いドイツが96議席で最大、小国マルタは6議席だ。
そして、各国が、誰を議員として送り込むかを決めるために行ったのが、先週の欧州議会選挙だった。
欧州議会では、各加盟国の同じような政治方針の党が集まって会派を作っており、現在、8つの会派が存在する。
一番大きいのが、
EPP(欧州人民党)で、
中道右派、
キリスト教民主主義系
の会派だ。
そして、その次が、S&D(社会民主進歩同盟)で、言うまでもなく社民党系。これまでは、この二つの会派で大連立を組んで、ほとんど思いのままに運営してきた。
ところが、今回、この2党は、第1党、第2党の地位は保てたものの、票数が落ち込み、両党あわせても過半数を取れなくなってしまった。
その代わりに伸びたのが、リベラル系のALDE会派。彼らは、EUが力を持ちすぎ、各国の自由な経済活動を規制でがんじがらめにすることを嫌う。
しかし、最も注目すべきは、EU懐疑派、民族主義派など、いわゆる右派ポピュリストと呼ばれている会派の急伸だ。
現在は、これら「ポピュリスト」たちは、欧州保守改革グループ(EKR)、民族と自由のヨーロッパ(ENF)、自由と直接民主主義のヨーロッパ(EFDD)の3会派に分かれているが、もし、一つにまとまれば、一大勢力となる。
つまり、今回の選挙の結果をひとことで言うなら、ドイツ政府やフランス政府がどんなに声を高くして「more Europe」を宣伝しても、市民は付いて来なかったのだ。
選挙後のEUは、数多のひび割れを必死になって接着剤でとめて、ようやくその形骸を保っている様子が、さらに露わになった。
イギリス、フランス、イタリアの結果
では、主な国の選挙結果を見ていきたい。
フランスでは、ヨーロッパ派の先鋒マクロン大統領の「共和国前進」党が不振だった。この現象は、党首であるマクロン氏の不人気と連動している。
それにしても、2017年に圧倒的人気で大統領の座についた若きヒーローの賞味期限が、ここまで短かったとは意外だ。
マクロン大統領はEUの牽引役を自認し、昨年来、あたかもEUの主のような顔で、EU各国に「EU再生」を呼びかけていたが、この状況では、何を叫んでも、EUどころか、まず、自国で賛同を得ることが難しいだろう。
一方、「共和国前進」の代わりに第1党に躍り出たのが、メディアや既存の政治家が「極右」と呼ぶマリーヌ・ルペン氏の「国民連合」。
この党をどうにかして排除しようとしていたのは、フランスの政治家だけでなく、ドイツの政治家や主要メディアも同じだが、ここまでフランス国民の支持が伸びれば、「極右」のレッテル貼りはすでにミスマッチだ。だいたい、国民連合の思想は極右とは程遠い。
さて、イギリスはというと、Brexitのすったもんだが3年も続き、いまだに離脱できないまま、止むを得ず欧州議会選挙に突入。国民が、税金の無駄遣いだと怒っているというが、当然だろう。
しかも、選挙直前にナイジェル・フラージュ氏が「Brexit党」というのを立ち上げ、それが第1党になるというサプライズ付きだ。氏は現役のEU議員で、強硬なEU離脱派として知られている。
Brexit党がこれだけの支持を集めるということは、さっさと離脱したいと望んでいる国民が多いのだろう。
なのにメイ首相が中途半端なディールに没頭していたため、3年の年月が無駄になった。英国民の欲求不満は頂点に達している。
しかし、そんな事情はどこ吹く風、ドイツの主要メディアを視聴していると、イギリスでは、冷静で知的なEU残留派が多数を占めていると思えてくる。
街頭インタビューではヨーロッパ派の意見がほとんどで、たまに離脱派が登場したかと思えば、パブでビールを飲んでいる、なんだか教養のなさそうな、中高年の太った白人男性ばかり。これは、一種の「差別」ではないか?
一方、イタリアでは、強硬な難民政策を敷いたサルヴィーニ内相の政党、「北部同盟」が大躍進。これも、ドイツメディアが極右ポピュリストと蔑んできた政党だ。
しかし、この党も、大きな失策がない限り、イタリアの次期総選挙で第1党になる可能性が出てきた。いつまでも極右ポピュリストなどと雑言を叩いていると、そのうち、イタリアの有権者が怒り出すかもしれない。
なお、今、挙げたイギリス、フランス、イタリアの三国は、EUの中では人口が第2、第3、第4位の大国だ。そして今回、その3国の国民の多くがEU懐疑派の党に投票した。EUの先行きは、誰が見ても心もとない。
また、ハンガリーではオルバン首相のフィデス党が過半数を獲得した。オルバン氏は、いわばメルケル首相の天敵。ドイツメディアは盛んに、オルバン氏が自国内の民主主義を壊し、独裁政権を立てるつもりだなどと言っているが、ハンガリーは普通選挙が実施されている国だ。
オルバン氏は、老練でありながら、同時にものすごく近代的な思考のできる卓越した政治家だ。その姿は、かつてハンガリーが大国だった歴史を彷彿とさせる。そして、そのオルバン氏が、イタリアのサルディーニ氏と、難民政策において団結している。さらにポーランドの現政権を担う「法と正義党(PiS)」も、今回、やはり第1党を死守した。この党も、多くの点で前述の2党と揆を一にする。
すべては未だ闇の中
さて、では、人口第1位の大国ドイツはどうなっているかというと、CDU(キリスト教民主同盟)、SPD(社民党)というかつての国民政党が、壊滅的と言えるほど票を減らした。ただ、他の国々と違うところは、その代わりに破竹の勢いで台頭してきたのが、緑の党だったこと。何ともドイツらしい。
選挙前の調査では、ドイツ国民の一番の関心事は、経済でもなければ、難民でも、治安でもなく、気候温暖化問題だった。
昨年の夏、スウェーデンの15歳の女の子が始めた“Fridays for future”という運動がドイツ中に広がり、全国の子供達が毎週金曜に学校に行く代わりにデモをしている話は、このコラムでも何度か触れた。しかも、その子供たちから激しく糾弾されている大人たちまでが、デモを支持。
ドイツでは、現在、大人と子供が一丸となって、「惑星」の気温を下げようとしているのだ。
つまり、この状況下、CO2削減を過激に唱えている緑の党が、CDUに次ぐ第2党に躍り出たのは不思議なことではなかった(Fridays for futureの発祥の地スウェーデンでは、緑の党は落ち込んだというが)。今回、EU議会での緑グループの議席が増えたのは、ひとえにドイツの緑の党の功績だ。
ただ、注意しなければならないのは、緑の党は単なる環境党ではなく、政治思想はかなり左だということ。この党の主張通りにやっていると、産業は衰退し、アメリカとアジアに対抗し得る経済圏の建設というEUの本来の目的は、実現しないまま、潰えることになるだろう。
いずれにしても、EUは岐路にさしかかっている。これまでのEU政治は、大国ドイツとフランスが、御簾の後ろで決めてきたと言われていた。ところが、今回の選挙では、よりによってメルケル氏とマクロン氏の党がともに負け組。ドイツとフランスの強権的なEU政治は、今まで通りは続けられなくなるだろう。
選挙前、既存の政党とメディアは、「ヨーロッパ、ヨーロッパ」と国民に発破をかけ、それに反対することは、民主主義を否定することだと説いた。つまり、反ヨーロッパとは、移民排斥、差別主義、非人道を助長する悪いことだとされたのだ。
しかし、では、「反ヨーロッパ派」は、既存のヨーロッパ路線の何に反対し、何を主張しているのかというようなことは、ほとんど伝えられなかった。それどころか国民の方では、そもそも「ヨーロッパ」が何を意味するかということも、観念的すぎてよくわからなかったのだ。
イタリア「北部同盟」のサルディーニ党首は、今回の勝利宣言で次のように語った。
「我々を反ヨーロッパ派と呼ぶのは間違っている。これまでのEUの政治こそが、反ヨーロッパだった。我々は、ヨーロッパのためにそれを改善していく」
ただ、目下のところ聞こえてくるのは、EUの重要ポストの奪い合いの様子ばかり。絶大な権力を握る欧州委員会の委員長の座も、欧州中央銀行の総裁の座も、欧州理事会の理事長の座も、EU議会の議長の座も、欧州外相の座も、まだすべて闇の中だ。それどころか、弱体化したEPPとS&Dが、いったいどの会派を連立に引き込んで、どんな顔の与党を作るのかもわからない。
EUの前途は険しい。