2019年の出来事を振り返ると「EU崩壊の足音」が聞こえてくる
不穏な火種がそこかしこに…
2019.12.27 gendai.ismedia.jp 川口 マーン 惠美
イギリスは本当に没落するのか
2019年が終わろうとしている。EUとドイツの1年を振り返ってみると、いろいろな出来事があった。パリではノートルダム寺院が焼け、独ドレスデンの美術館からは、財宝が盗まれたきり出てこない。
しかし、やはり一番インパクトがあったのは、今月12日、イギリス総選挙でほぼ決着のついたEU離脱だろう。来年1月31日で、イギリスはEUから脱退する予定だ。
ドイツの主要メディアの報道は当てにならないが、終始、Brexitについてもそうだった。
「離脱を支持しているのは、冷静な判断のできない無学な人たちで、教養人は皆、EU残留を望んでいる」、「EUを抜けたらイギリスは奈落の底に落ちる」、「ジョンソンは史上最悪の首相」といった報道が満ち溢れていたが、蓋を開けてみたら何のことはない、ジョンソンが勝った。
しかも、イギリス各紙の見出しは、「ジョンソンの歴史的勝利」(デイリー・テレグラフ)、「およそ最高の人物」(サン)など。
それでもドイツ第2テレビの記者は往生際が悪く、ジョンソン勝利の原因を、「国民が離脱騒ぎにくたびれ果て、ジョンソンの甘言の誘惑に抗えなかった」、「対抗馬のコービンが悪すぎた」、「ジョンソンが嘘や誹謗を駆使して強引に押し切った」などと分析した。
したがって今後、イギリスは大混乱に陥るというのだが、これも怪しい。もちろんまだ多くの障害は残っているが、それでもイギリス人はようやく3年間の沈澱状態から抜け出し、久々、勃興の気運に湧いているようにも見える。
思えば、スイスもノルウェーもEUには入っていないが、EUのどの国とも自由貿易を行い、しかも、どの国よりも豊かだ。スイスは人口が855万人、ノルウェーは532万人の小国だが、6631万人の大国イギリスがその仲間入りをすれば、影響力は増す。そのうえイギリスは、ウォール街と並んで世界経済を支配しているシティという面妖な自治体まで持っている。
今でさえ、イギリスは世界のタックスヘイブンのお金の半分以上を取り仕切っていると言われている。ひょっとするとイギリスのオフショア・ビジネスは、EUの軛が外れた途端、活性化するかもしれない。
いずれにしても来年は、イギリスが没落するか、蘇るかがくっきりと見えて来る年となるだろう。
全体主義化が進むドイツ
今年、かなりショッキングだったのは、地球温暖化問題の異様な盛り上がり方である。
「このままでは地球は12年後に存在することをやめてしまう(オカシオ−コルテス米民主党議員)」とか、「2030年、取り返しのつかない連鎖反応に陥り、それが文明の終焉につながる(「Fridays for future」のグレタ・トゥンベリ氏)といった極論が独り歩きし、CO2のせいでまもなく人類が滅亡に向かうと言わんばかりだ。
それどころか、英の過激な環境団体「Extinction Rebellion」の創立者の一人ロジャー・ハラム氏は、温暖化ですでに何百万人もが殺されているとして、それをホロコーストと同列に並べた。
そして、これら不吉な予言に多くの市民や政治家が共感し、今や、それに少しでも異論を唱える者は、たとえ科学者であっても嘘つきとして弾劾されるところまで来ている。
つい最近も、物理学者であるフリッツ・ファーレンホルト氏が、ドイツ野生動物基金の代表の地位を、今年の12月31日で解任されるという報道があった。
氏は90年代より温暖化対策に携わってきた専門家だが、現在、ドイツ政府が進めようとしている過激なCO2削減政策には異議を唱えている。そこで、その理由を文書にして国会議員全員に送り、さらに、彼の管理するブログでも発表した。すると、そのあとすぐに更迭が決まったと言う。
ドイツはだんだん全体主義っぽくなっていくようだ。科学よりもイデオロギーが優先されている。
男女同権の大いなる矛盾
さて、EUはというと、12月1日から新しい欧州委員会が発足。委員長はドイツ人女性ウルゾラ・フォン・デア・ライエン氏。彼女が掲げたEUの最重要目標が、やはりCO2削減とデジタル化だった。
欧州委員長というのは、EUの最高権力者だが、やはり重職である欧州中央銀行の新総裁もフランス人女性、クリスティーヌ・ラガルド氏となった。EUでは女性の進出が目覚ましい。
一方、ドイツでも昨今、SPD(社民党)や緑の党など、主に左系の党が政権を握っている自治体で、議員を男女同数にしようという動きが進んでいる。
ドイツで男女同権が遅れているというなら、それもわかるが、現在、首相も国防大臣も女性。各政党の党首を見ても、CDU(キリスト教民主同盟)は女性だし、他の政党は男女1名ずつのダブル党首制となっている。だから、州議会の議員の数をむりやり男女同数にしなければならない意味がよくわからない。
女性が少ないのは締め出されているわけではなく、議員になりたい女性が少ないからではないか。
ちなみに、最近、左派の間では、生物的な性別ではなく、自分が感じた性別が認められるべきだという考え方が力を持ちつつある。LGBTの権利拡大だ。
しかし、一方で性別の意味を無くしていこうとしながら、もう一方で議員の男女同数に拘るのは、大いなる矛盾ではないか。私は、議員は男でも女でも、万人のために良い政治をすれば、それで良いと思う。
EU崩壊の引き金
2019年は、ベルリンの壁が落ちて30周年でもあった。しかし、30年が過ぎても、旧東独と旧西独は未だに多くの意味で差が縮まらない。
旧東独の産業は思うように活性化せず、人口も増えない。とくに若い人が今も東から西に流れている。一応、福祉は充実しているから、東の人が生活に困っているわけではないが、よく見てみると、結局、政治も、経済も、学術の世界も、ほとんどが今なお西の人々に牛耳られているので、おそらくこれも、旧東独の住民の間で不満が募る理由の一つだろう。
そのせいもあるのか、旧東独の州では右派や左派の党が力をつけているし、今やこの傾向はドイツ全体に広がりつつある。かつての国民政党であったCDUやSPDの瓦解は、目を覆わんばかりだ。
さらに、EUでもやはり同様の現象が起こっており、5月に行われた欧州議会選挙では、極右と呼ばれる政党と、緑の党など極左に近い政党が急伸した。EUは小党乱立の様相が強まり、ますます纏まらなくなっている。
また、難民問題も再び大噴火しそうだ。これまでEUとの取り決めで、トルコが自国で中東難民を留め置いてくれたが、今、EUとトルコの関係が悪化していることもあり、そのバランスが崩れ始めた。
すでに現在、ギリシャの島々にはトルコから大量の難民が到着し始め、劣悪な環境の下、ぬかるみの中の粗末なテントで凍えている。あまりの数にギリシャはお手上げで、冬の到来を前に、事態は予断を許さない。
つまり、こちらの問題の方が、温暖化よりもよほど緊急を要するのだが、しかし、EU諸国は皆、見て見ぬ振りだ。
ドイツの緑の党が、保護者のいない未成年者だけでもドイツが引き取ろうと言い出したが、与党は、「ドイツのスタンドプレーは良くない」という理由を挙げてかたくなに拒否している。
来年、難民問題は、EU崩壊の引き金となる危険を孕んでいる。